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三国志(蜀) 中国旅行

『三国志聖地』白帝城

投稿日:2018年8月12日 更新日:

蜀漢の昭烈帝劉備玄徳がこの白帝城で崩御しました。

三国志好きには聖地のような存在かと思います。

今回は聖地は白帝城を余すことなく紹介していきます。

 

白帝城とは

 

白帝城は現在の重慶市に位置しています。

長江三峡にあり、クルーズツアーの名所となっています。

白帝城は、後漢初期、公孫述が築いた城であるとされています。名前の由来として、

公孫述が自らを「白帝」と名乗っていたことから白帝城と名付けられたそうです。

劉備が益州を治めたのち、白帝城がある土地をえ「永安」と改めたため、永安宮ともいわれていました。

三国時代、蜀漢の建国者劉備が夷陵の戦いに敗れ、逃れてきたのが白帝城です。

劉備は、この白帝城で63年の生涯を終えます。

ただ、白帝城には劉備のお墓はないみたいですね。

2006年に全国重点文物保護単位に指定されました。

国の文化遺産です。

 

白帝城までの行き方

 

僕が白帝城へ行ったのは、三峡クルーズツアーのオプショナルツアーだったため、

クルーズ船で上陸しました。

 

有名な詩人たちのようです。

ここからバスで白帝城まで向かいます。

白帝城があるところは、三峡ダムの建設により島となってしましました。

以前は陸続きだったみたいです。

バスを降りて、この道をまっすぐ進むと

巨大な諸葛亮の像がお出迎えをしてくれます。

ひたすら階段を登っていきます。

15分くらい、ひたすら階段が続きます。

白帝城の入り口に到着です。

 

白帝城へ

 

ついに白帝城へ到着です。

バスから降りた後、20分ほどで到着しました。

人気観光スポットだけあって人が多いです。

 

 

 

様々な彫刻、斬新な色使いです。

 

全国重要文物保護単位の証拠です。

 

白帝城内部へ

 

 

先ほどの門を通り過ぎると中にこのような建物がありました。

中には、白帝城を題材とした詩が飾られていました。

白帝城を題材とした人物で有名なのが唐の詩人「李白」です。

「朝に辞す白帝 彩雲の間

千里の江陵 一日に還る

両岸の猿声 啼いて住まず

軽舟已に過ぐ 万重の山」

 

左右には銅像がありました。

さらに奥へ進むと、劉備、関羽、張飛、諸葛亮の人形がありました。

1枚目が劉備。2枚目が右から関羽、張飛、3枚目が諸葛亮です。

 

后主祠

 

ここでは、主に劉備の息子劉禅の説明が多かったです。

后主とは劉禅の事なのでしょうか。

また、劉備死後劉禅を支えた諸葛亮、蒋琬(しょうえん)、費禕(ひい)、

姜維(きょうい)の紹介もありました。

昭烈祠

 

昭烈帝は劉備のことを指すのでこちらは劉備に関する場所ですね。

像と説明が少し。后主祠のほうが情報が豊富でした。

 

武侯祠

 

白帝城にもありました。本当にどこにもありますね。

白帝城の武侯祠も諸葛亮を祀っていました。

 

劉備が諸葛亮に後を託す名場面を再現(托孤堂)

 

劉備は白帝城に逃げ延びた後、自分が犯した失敗から病に伏してしまいます。

夷陵の戦いでは、馮習(ふうしゅう)、張南(ちょうなん)、傅彤(ふとう)

程畿(ていき)、馬良、王甫(おうほ)が討ち死。

黄権(こうけん)、龐林(ほうりん)等が魏へ降る。

被害は何万人にもなる。

という情報が逐一報告されたため自分の出兵を悔やんだのでしょう。

諸葛亮や趙雲が止めたにもかかわらず、振り切って戦に挑み、挙句の果てに大敗してしまった。

劉備は恥ずかしくて成都へ戻ることができませんでした。

次第に病は進行し、もう長く生きることができないと悟った劉備は

成都にいる諸葛亮ら群臣を白帝城に集めます。

そして、諸葛亮に今後のこと、長年付き添った趙雲には別れの言葉を述べ

223年白帝城で生涯を終えます。

この場面を表したのがこちらです。

1枚目が劉備です。

両端に諸葛亮、趙雲が立ち、その前に劉理、劉永、両翼に文官、武官

という構成になっています。

この後、息子の劉禅が後を継ぎ、2代目蜀漢皇帝となりました。

托孤堂は、白帝城観光で、一番の見どころではないでしょうか。

「白帝城」と書かれた門が観光スポットだと思いますが、

是非中へ入って托孤堂も確認してみてください。

 

その他の観光スポット

 

三国志関連の観光スポットはここまでです。

三国志関連以外にも足を運ぶ場所はあるので紹介します。

 

三峡地区の博物館

 

三峡地区には変わった埋葬の仕方があるみたです。

「懸棺葬」といいます。

人が亡くなった後、2枚目の写真のような棺に遺体(遺骨かもしれません。)を入れ、

断崖絶壁の穴に埋めていきます。埋めるというかはめ込むというのかわかりません

が、3枚目の写真のように、隙間に棺を入れていきます。

この懸棺葬が行われた場所が、1枚目の写真の分布図です。

三峡地区では、6か所あったみたいです。

この地域ならではの埋葬方法です。

 

李白の石像

 

白帝城に関連した人はどこかしらに石像が立ってますね。

李白の石像は白帝見学後、バス乗り場への帰り道にあるので

お見逃しがないように。

 

雄大な自然

 

三峡地区といえばやはり長江が有名です。

 

幻想的な風景を味わうことができますよ。

 

おわりに

 

いかがだったでしょうか。

劉備が崩御した場所「白帝城」

三国志好きで、まだ訪れたことがない方はぜひ訪れてほしい場所です。

おすすめの観光スポットです。

入場料:295元(日本円=約5000円)※三峡クルーズのオプショナルツアーで白帝城を訪れました。現地でチケットは購入していないため、正規の値段はわかりません。また、オプショナルツアーには、英語、中国語のガイドがいたため割高になっている可能性があります。

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