寿町火災発生!火事の原因や画像は?横浜市中区の簡易宿泊所扇荘の火事の真相は?

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神奈川県横浜市中区寿町にある簡易宿泊所施設

扇荘別館」から火災が発生し、この火事で

2人が死亡、13人が怪我をしました。

 

寿町というと歴史的背景から見るとあまり安全な地域には

思えないのですが、何が起こったのでしょうか。

寿町で起きた火災の情報をお届けします。

 

横浜市中区寿町で火災発生

 

4日午前6時10分すぎ、横浜市中区寿町にある簡易宿泊所、「扇荘別館」から火が出ました。
消防が消火にあたった結果、火はおよそ1時間後に消し止められましたが、警察や消防によりますと、この火事で2人が死亡したほか、13人がけがをしたということです。
消防によりますとこの簡易宿泊所は10階建てで、このうち5階の一室が焼けたということで警察と消防は死亡した人の身元の確認を進めるとともに、詳しい状況を調べています。
4日午前6時半ごろ、横浜市中区の火事の現場に近いホテルの部屋から撮影された映像では、建物の屋根から黒っぽい煙が立ち上り、風に流されて広がる様子が確認できます。
参照元:https://www3.nhk.or.jp/news

死亡したのは、宿泊者の男性1名、女性1名です。

また13人が煙を吸うなどして病院へ搬送されています。

 

火災が発生した場所は?

 

火災が発生した場所はどこなのでしょうか。

 

火災が発生した場所は、神奈川県横浜市中区寿町4丁目にある

簡易宿泊施設「扇荘別館」です。

 

こちらが扇荘になります。

JR石川町駅の西側にある、簡易宿泊所が立ち並ぶ一角にあります。

 

こちらのホテルは10階建てのようですね。

 

火災の様子は?

 

火災の様子はどのようなものだったのでしょうか。

 

 

 

ご確認いただけるでしょうか。

 

火事は、10階建のホテルの5階部分で発生したとされています。

この写真は、1月4日午前6時半頃撮影されたものです。

 

5階あたりからすごい勢いで黒い煙が出ていたと言います。

 

火災は、火災発生後1時間で消し止められました。

 

現在は、警察や消防が火災の原因を調べています。

 

寿町とは

 

寿町はあまり治安が良くない場所だ。

という認識があると思いますが、一体なぜでしょうか。

 

ドヤ街と呼ばれる所以はなんなのでしょうか。

 

寿地区は首都高、根岸線を挟んで関内の反対側に位置し日雇労働者が宿泊するための「ドヤ」という簡易宿泊所が100軒以上立ち並び「ドヤ街」と呼ばれる地区である(ドヤ街は、日雇労働者の就労場所と合わせて寄せ場とも呼ばれる)。寿地区は、東京都の山谷、大阪市のあいりん地区(釜ヶ崎)と並ぶ三大寄せ場の1つとされる。
寿地区周辺は、第二次世界大戦後、1955年までアメリカ軍によって接収されていた。接収終了後、職業安定所の寿町への移転や簡易宿泊所群の建設がはじまった。これにともない、日ノ出町周辺や黄金町付近の大岡川沿岸バラック群(大岡川スラム)、さらに水上ホテルといった宿泊施設から港湾労働に携わる日雇労働者が、大勢移入。まもなくドヤ街が形成された。
2005年6月に今まで「ドヤ街」という雰囲気を払拭し、地域の活性化を図るために「YOKOHAMA HOSTEL VILLAGE」という計画が始動した。スローガンは「寿町「ドヤ」から「ヤド」へ 」。この計画は簡易宿泊所が多くある当地域を活かして簡易宿泊所を改装・改良し、バックパッカーなど短期滞在者を多く呼ぼうというものである。観光地にも近く普通のホテルよりも安いため、評判はまずまずのようである。しかし近辺に風俗店などが並んでおり治安の面で問題があること、心ない一部の観光客が物見遊山で訪れ日雇労働者の写真を勝手に撮ってトラブルになる等の問題点が少なからずあり、それを解決することが今後の課題となっている。
参照元:Wikipedia

 

 

元々は日雇い労働者のための施設だったわけです。

しかし、戦後の寿町は治安が乱れ、放火や賭博、売春といったことが頻繁に行われたそうです。

 

また、1956年頃から在日韓国人が進出してきて、寿町一体の地主となったとも言われています。

 

闇が深いというわけです。

 

おわりに

 

いかがでしたでしょうか。

 

空気が乾燥している時期は本当に火災が起こりやすいです。

 

今回の寿町の火災は放火なのか、自然発火なのか、

まだわかっておりません。

 

新たな情報がで次第、更新していきたいと思います。

 

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