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三国志(蜀) 中国旅行

中国三国志ツアー勉県武侯祠と定軍山

投稿日:2018年8月26日 更新日:

陕西省漢中市は三国志の歴史がたくさん詰まっている場所です。

今回ご紹介する勉県武侯祠、定軍山の他、馬超墓、孔明墓、劉備が漢中王に即位した

設壇処、古陽平関などがあります。

勉県武侯祠も成都武侯祠と同じように有名な武侯祠です。

定軍山は定軍山の戦いで知られている蜀将黄忠が魏将夏侯淵を打ち取った場所で有名です。

今回はこの2つをご紹介していきます。

 

勉県武侯祠の概要

 

 

勉県武侯祠は陕西省漢中市勉県というところの位置しています。

諸葛亮孔明が亡くなって29年後の263年に建てられました。

なぜ29年も経ってから建てれたのか。

それは(蜀漢)朝廷が許さなかったからです。

孔明死後、孔明を慕う蜀の人々は廟を建てて、祀ることを望んでいました。

しかし、礼儀制度に合わなかったり、先帝劉備の威厳を落としかねないと判断した

劉禅は、この要望を却下します。

そのため、庶民等は武侯祠が建設前は、道に脇などに孔明を祀ったりしていました。

朝廷内でも、孔明の廟を建てたいと願う者たちが劉禅に懇願し続けます。

そして263年、習隆、向充は周の人々の先例を劉禅に説き、29年の歳月を経て、

「成都ではなく、都以外の場所なら建ててもよい」という条件付きの詔を下し

諸葛亮孔明の廟を、孔明の墓がある定軍山に造る許可を得ることができました。

これは蜀漢が滅亡するほんの数か月前のことでした。

 

勉県武侯祠

 

孔明を称えるために造られた牌楼

「漢丞相諸葛武郷忠武侯祠」と書かれています。

勉県武侯祠の敷地面積は、3万㎡あり、陕西省内の武侯祠のなかでは比較的大きい

造りとなっています。

実は勉県武侯祠は、数ある武侯祠の中で最も早く造られました。

一番歴史の長い武侯祠です。

唐、元、明、清の時代に修繕が行われ、明の時代に現在ある所に移されました。

現在ある建物のほとんどが清の時代に造られたものです。

 

 

城門のような造りをしています。

定軍山の孔明の墓が魏に睨みをきかせるために、魏のほうを向いている

というのと同じように武侯祠の門も孔明の魏への執念を表し北向きに造られています。

 

反対側には、琴を弾く孔明とそれをみて撤退する司馬懿仲達の姿が描かれています。

空城の計です。

 

天下第一武侯祠

 

清の時代に建てられた鳥居「天下第一流」と書かれています。

勉県武侯祠は、中国全土の中で最も早い時期に建てられた武侯祠というだけではなく、

皇帝が詔を下し、資金を出して造られた唯一の武侯祠なんです。

なのでこの武侯祠は「天下第一武侯祠」とも呼ばれています。

 

拝殿「大漢一人」

 

こちらが拝殿になります。

いろいろな言葉が掲げられています。

1つ1つ意味があるそうです。

 

蜀の文官・武官

 

武侯祠といえばやはり塑像は必ずあります。

左が呂乂、右が李福

左が董允、右が李恢

左が法正、右が許靖

左が費禕、右が蒋琬

左が劉巴、右が楊儀

左が馬岱、右が馬忠

左が張嶷、左が王平

左が姜維、右が鄧芝

左が魏延、右が黄忠

左が馬超、右が趙雲

廟の内部

 

「天下第一流」の鳥居を超えると様々な見どころがあります。

先ほどは蜀漢の文官・武官でしたがもちろん孔明の塑像もあります。

色彩豊かで、孔明の顔がはっきりとわかります。

目は切れ長、色白。イメージ通りの塑像です。

こちらの石碑はとても有名なものです。

魏晋の時代から著名人が多く言葉を勉県武侯祠に残していきました。

現在は60もの碑石が残っているそうです。

諸葛一族も一緒に祀られています。

 

勉県武侯祠内は整備がされており、とても静かで美しい場所でした。

 

定軍山

 

勉県武侯祠から車で20分程度のところにあるのが、定軍山古戦場です。

定軍山の戦いは、218年ころ開戦した蜀漢vs魏の戦いです。

蜀将黄忠が魏将夏侯淵を打ち取った戦として有名です。

定軍山の戦いで勝利を収めた劉備は、漢中を占領し、前漢の始祖劉邦と同じ漢中王を自称します。

蜀の全盛期だと僕は考えています。

 

定軍山の概要

 

定軍山は、陝西省漢中市勉県の南5キロ付近に位置しています。

標高は約800mです。

諸葛亮孔明もこの地に長く駐屯していたことから数多くの伝説が残っているそうです。

また、今でも漢中では毎年の清明節(旧暦の3月から春分の15日ころまでを指す)

に諸葛亮孔明にちなんだお祭りが行われます。

 

定軍山登頂

 

 

定軍山を上る道は塗装されていないガタガタ道かと思いきや

しっかり整備されていました。

諸葛亮をここでも祀っていました。

「督軍壇」でしょうか。最後の字が読めませんでした。

ここは、定軍山の戦いのとき、劉備が陣を築いた場所、北伐時孔明が駐屯した場所等

さまざまな意見があります。

定軍山からの眺めです。

まだ周りには定軍山より高い山がありますね。

夏侯淵はどこに陣をはったのでしょうか。

ここが定軍山で一番高い場所です。

陰と陽のマークがありました。

帰り際に築きました。黄忠vs夏侯淵の戦いの様子です。

もうちょっと目立つところに作っていただきたかった。

定軍山からの眺め。

平地がよく見ます。

定軍山へは徒歩でなく、車で行ったほうがいいかと思います。

 

おわりに

 

いかがでしたでしょうか。

陕西省漢中市勉県を周るスケジュールは武侯墓→武侯祠→馬超墓→定軍山古戦場

という流れがベストだと思います。

孔明ゆかりの地へ足を運んでみてください。

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