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三国志(蜀) 中国旅行

中国三国志ツアー蜀の古道明月峡

投稿日:2018年8月25日 更新日:

蜀の古道は蜀の都成都から、西安まで道が続いていました。

「金牛道」と当時は言われており、蜀の領土であった益州(現在の四川省)がその道

の大半を占めていました。

現在はすべて残っているわけではなく、龐統のお墓があるところや、剣門閣といった

場所にところどころ残っている程度です。

今回ご紹介する明月峡も金牛道の一部です。

 

明月峡とは

 

明月峡は、蜀の桟道の一部で広元市の北23キロの嘉陵江東岸の絶壁に掘られた、蜀

(成都)から西安に入る唯一の交通要道です。春秋戦国時代から宋時代まで

建築と修復を繰り返し、数百キロにも及ぶ桟道を造りました。

清時代、清風明月にちなんで、この地を「明月峡」と改名しました。明月峡と呼ばれる古桟道の全長4kmです。

古桟道の歴史は古く、小説「項羽と劉邦」で有名な前漢の初代皇帝劉邦が、

項羽との戦の時、この道を使用し、軍需物資を前線まで運びました。

また、三国時代でも、この古桟道を何度も修復し、北伐の際、食料や物資を運びました。

広元市は、漢中まですぐのところに位置しているので、成都からの軍需物資の

運送には必ず通る道でした。

北伐の際も、諸葛亮は大軍を率いてこの桟道を通ったことでしょう。

 

現在の明月峡古桟道

 

明月峡古桟道はとても広く、全て周るのに3時間程度必要です。

僕は時間があまりなかったので、観光バスのようなミニバス?

のようなものを使い1時間程度観光しました。

僕が通った道はかなり整備されていました。

ところどころこのような岩が突き出しているところもあります。

断崖絶壁に作られています。

蜀ってほんと山や崖に囲まれていますね。

川のすぐ横に道は作られています。

お決まりの4輪車に乗る諸葛亮公明像。

諸葛亮像の後ろの壁には「後出師表」が書かれていました。

2枚目の写真はその一部です。

後出師表の原文は「軍在祁山﹑箕谷、皆多於賊~」と始めるのですが、

こちらの後水師表は「先帝慮漢﹑賊不両立~」から書かれています。

 

本物の蜀古桟道

 

実は今まで紹介してきた道は蜀古桟道ではないんです。

蜀古桟道の上に作られたいわば蜀新桟道のようなものです。

実際の明月峡の古桟道はこの道の下にあります。

わかりますかね。

新道のさらに下のに造られています。

真ん中のあたりに細い道みたいのがあるのがわかりますか?

これが正真正銘の蜀古桟道です。

この古桟道は絶壁に長方形の穴を掘り、穴に差し込んだ棒に石板又は木の板を敷いて

できた道路です。この絶壁の岩はとても固いらしく、1つの穴を掘るに3日かかったそうです。

現在では、ダムや鉄道の建設、風化により、100km近くあった桟道はほとんど

なくなってしまいました。

しかし、ここ明月峡辺りに桟道の穴が400個近く残っていたため、写真のように

古桟道を復元できました。

昔は現代のような便利な道具はなかったので、かなりの時間と人間を使って

桟道は造られました。

散策道の反対側に鉄道が通っていました。

実際に古桟道を復元した場所へ行ってみたかったのですが、

時間がなかったため、行くことができませんでした。

またの機会に行くことにし、再度ご紹介します。

 

川にすごく近くて、歩いたら気持ちよさそうですね。。。歩きたかった。。。

 

おわりに

 

いかがでしたでしょうか。

蜀古道の一部、明月峡。

このような道が西安まで続いていました。

この先の漢中から西安にかけての道も両側を断崖絶壁に囲まれた

険しい道となっています。

古道を見ると益州がなぜ天然の要塞と言われたのか、三国の中で一番領土が

小さいにもかかわらず、何十年も守り続けることができたのか理解できます。

しかし、逆を言うと蜀国内からも進軍しにくいという難点もあるため、

諸葛亮が行った北伐は、兵士たちにとっては過酷な環境だったと思います。

次回明月峡を訪れたときは、実際に古桟道を歩いてみます。

 

 

 

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