三国志諸葛亮孔明が陣没した五丈原

諸葛亮孔明が、出師表を上奏し、5回にも及ぶ北伐を行なったのは

有名な話です。

孔明が起こした北伐は、孔明が亡くなったことで一時中断されます。

孔明が亡くなったのがここ、五丈原。

「死せる孔明、生ける仲達を走らす」の故事の由来にもなっています。

本来は「死諸葛走生仲達」が正確らしいです。

現代の意味は、「既に亡き人物が生きている人物に大きな影響を与える」という意味になります。

今回は、諸葛亮が行った北伐最期の戦いの場所であり、

孔明が陣没した場所でもある「五丈原」をご紹介していきます。

 

五丈原の概要

 

五丈原は陝西省宝鶏付近の渭水南岸にある、秦嶺山脈から突き出した

大地に広がる原野です。

もっとも幅が狭いところは五丈(役10cm)しかないことから

「五丈原」という名前がつきました。

蜀漢丞相諸葛亮孔明が北伐の際、ここに陣を敷き、魏の司馬懿仲達

とぶつかり合った場所(五丈原の戦い)です。

諸葛亮は北伐の際、五丈原付近で開墾し、食料を調達していました。

その時作られた田畑が今なお残っており、「諸葛田」と呼ばれています。

五丈原の地へ

 

 

こちらがここの地図になります。

今回は諸葛亮廟へ行ってきました。

 

現在の五丈原からみた街の様子です。

孔明はこれと同じ眺めを見ていたのでしょうか。

少し小高い山。という感じでそこまで高くはありません。

しかし、視界は良好。遠くまで見渡すことができます。

 

陝西省重点文物保護単位に指定されています。

日本でいう県の重要文化財と同じだと考えてください。

 

諸葛亮廟

 

こちらが諸葛亮廟です。

元の時代に諸葛亮を祀ろうと、五丈原に廟を建てたのが始まりです。

現在の建物は明の時代に修繕されたものです。

とても細かいデザインをしています。

色彩も鮮やかです。

こちらが諸葛亮廟の入り口となります。

上の写真が馬岱、下が魏延です。

彼らがお出迎えをしてくれます。

中に入って正面にある建物。

左右には、このような楼がありました。

さらに奥へ進むと豪勢な作りをした建物があります。

3枚目の写真は五丈原の戦いの時の様子でしょうか。

奥へ進みます。

こちらも作りがとても細かいです。

上の青い部分には諸葛亮にまつわる絵が一つ一つ描かれています。

 

英名千古

 

五丈原の戦いで活躍した将たちの像があります。

真ん中はもちろん諸葛亮孔明です。

顔面が金色の孔明です。

右が廖化、左が張苞です。

五丈原の時に張苞は生きていないんですけどね。

こちらが王平。

こちらが関索です。

楊儀と、姜維の像ももちろんあります。

 

諸葛亮五次北伐陳列

 

こちらは、北伐に関する小さな博物館です。

第一次北伐から第五次北伐の魏、蜀の軍の動きを表したものです。

五丈原周辺の地域を表した簡単なジオラマといったところでしょうか。

そのほか、この周辺で出土した、三国時代の武器、城址、井戸等の

写真が飾られています。

上記に載せた行軍図に合わせて、どこから何が発掘されたのか、

この場所は伏兵に使われた場所だ等関係性があるので、

中国語のみの説明でしたが、とてもわかりやすいです。

 

前出師表です。

外に展示してあるので風化が激しいです。

 

おわりに

 

いかがでしたでしょうか。

五丈原古戦場は、諸葛亮ファンにとっては外せない場所だと思います。

外はこのように整備されておりとても居心地がいい場所です。

ただ、場所が少しわかりにくというのが難点です。

警備員もいるので、安心して観光することができます。

お土産やさんもあります。

渭水を見て、黄昏るのも楽しいと思います。おススメです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。