佐々淳行の現在は?死亡の理由は?妻や息子のコメントはあったの?

スポンサーリンク



 

あさま山荘事件の総指揮官であり、現在まで危機管理の専門家として活動していた

佐々淳行さんが死亡しました

昭和時代、警察として大きな事件に立ち向かい

多くの功績を残した偉人がまた一人旅立ってしまいました。

 

今回は、佐々淳行さんの死亡の原因やプロフィール等をご紹介していきたいと思います。

 

佐々淳行のプロフィール

 

・名前:佐々 淳行(さっさ あつゆき)
・生年月日:1930年12月11日
・年齢:87歳
・出身大学:東京大学法学部
・職:警察庁、防衛庁
・役職:初代内閣安全保障室長、代15代防衛施設庁長官

家系的にも由緒ある家柄で、かの戦国大名佐々成政の子孫でもあります。

 

東京大学卒業後は、国家公務員として警察庁に入庁し主に警備警察の道へ進みました。

かかわった事件として、東大安田講堂事件、あさま山荘事件、ひめゆりの塔事件等の

学生運動やテロに対する警備実施を指揮しました。

とても優秀な人で、現在あさま山荘事件の生き証人と呼ばれていました。

役所広司主演の「突入せよ!あさま山荘事件!」は佐々淳行氏の『連合赤軍「あさま山」荘事件』が原作となっています。

 

その後、初の内閣安全保障室長になるなど、エリート街道を走っていきます。

 

現在までは、危機管理の専門家として、テロや災害から国民の生命を守る重要性を訴え続けていました。

 

佐々敦淳行氏の死因は?

 

佐々淳行氏の死因は老衰と言われています。

87年という長い人生を生き抜きました。

 

しかし、老衰とはいいながら、身体の調子は良くはなかったみたいです。

2015年からは老人ホームに入居。

数年前から、脊柱管狭窄症・糖尿病を患っており、おまけに持病で心臓病も抱えていました。

目も不自由になり、最近では、歩行すらうまくできなくなっていたといいます。

 

しかし、死因は老衰とは。

病に負けることなく、自分の人生を生き抜きました。

 

SNSの反応は?

 

 

妻や息子のコメントはあった?

 

残念ながら、佐々淳行氏の妻幸子さんや2人の息子からのコメントは今のところ確認できません。

葬儀・告別式が16日南青山で行われる際、喪主を妻の幸子さんが務めます。

 

佐々淳行さんの身内からのコメント等は全く出ておらず、

わかっているのは、妻の幸子さんが喪主を務めるということのみです。

 

おわりに

 

いかがでしたでしょうか。

昭和の英雄がまた一人旅立ってしまいました。

 

若きときは、命を張って学生運動や左翼の運動を抑え、引退後は

危機管理の専門家として日本をテロや災害から守り続けた男、佐々淳行氏

 

現在の日本に、彼のように勇敢に日本を守ることができる男はいるのでしょうか。

 

日本の官僚たちは、彼からもっと多くのことを学ぶべきでした。

 

佐々淳行氏のご冥福をお祈りいたします。

スポンサーリンク



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。