『関羽特集』荊州古城、関陵を歩く

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荊州は三国時代、劉備、孫権、曹操の3英傑が支配したことがある

三国志好きにはたまらない場所です。

また、関羽が治めていた土地としても有名ですね。

なので、今回は関羽にゆかりのある観光地を2か所紹介していきたいと思います。

 

荊州の歴史的背景

 

荊州は三国時代以前から、交通の要所として街はとてもにぎわっていました。

三国時代には、荊州牧の劉表がこの地を治めていました。

劉表死後の荊州は、赤壁の戦いの後に荊州北部の南陽郡及び南郡は曹操の領地に

中部は劉備に、南部は孫権により治められました。

南郡・零陵・武陵は劉備が、江夏・桂陽・長沙は孫権に、

南陽・襄陽・南郷の各郡は曹操によって治められ、それぞれが3郡を支配したことより「荊襄九郡」と称されることとなりました。

劉備は着々と荊州内の領土を増やしていきます。

劉備が益州侵攻を実行するにあたり、関羽が荊州の地を治めるようになります。

関羽は樊城を守る曹仁と戦っている最中、孫権軍に背後をつかれ、

荊州の地で夢半ばで亡くなってしまいます。

 

荊州古城

 

こちらが荊州古城。関羽が守っていた城として有名です。

三国時代に、関羽が土併の城を築いたのに始まりです。その後、破壊と再建を繰り返し、現在の城壁は明の1646年に再建されたものです。

高さは9m、幅10mの城壁が東西に細長い楕円状に約10kmも張り巡らされています。

入場口でチケットを購入し、写真左側の坂道を上ると城壁上にたどり着きます。

蜀の武将がお出迎えしてくれます。

中国はこのような像がとても多いです。

 

こちらは東門です。東門が唯一観光用として綺麗に残されています。

建物の中へは入ることができます。

劉備、諸葛亮、関羽、張飛、趙雲がお出迎え。

古城の中の階段はとても急なので気を付けてください。

荊州古城のジオラマです。

暗くて見にくいですね。。。すいません。

荊州古城は6つの門で構成されていました。

先ほどの写真は6つの門のうちの1つということですね。

 

 

最上部まで上り、撮った写真です。

中国の城は日本のように山の上に建てないみたいですね。

そもそも日本みたいにそこら中に山があるわけではないため当たり前ですね。

見渡しがいい平野、水に囲まれている状態です。

城壁を歩いてみましょう。

 

遠くから見たほうが美しいですね。

城壁はどこまでも続きます。

城の1周できるみたいですが、僕は時間があまりなかったのでできませんでした。

敵が攻め込んできたらこのように覗き込みましょう。

 

注意点

 

荊州古城を訪れる際に注意してほしいことがあります。

写真の通り門の前にはたくさんの車があり、駐車できません。

車で来る方は少ないと思いますが、走行車数も多いため、小さなお子様を

お連れの方は十分に注意してください。

 

 

入場料:35元(日本円=約600円)(2017年)

 

当陽の関陵

 

関陵とは、関羽のお墓のことです。

この関陵、実は中国国家AAA級旅行景区に指定されている場所です。

 

中国国家AAA旅行景区とは

 

中国の国家旅遊景区はAAAAA以下5段階に分かれ、AAA級以上は、各省・自治区・

直轄市旅游局の授権により、国家旅游景区質量等級評评定委員会が

「旅游景区質量等級的劃分与評定」に基づき認定します。

関陵は国家AAA級にあたります。

 

 

関陵は荊州にあるわけではなく、宜昌市という場所にあります。

宜昌市は、湖北省西部に位置ある地級市です。荊州からも車で1.2時間程度で

いくことができます。

関羽一色の敷地内の様子

 

「漢前将軍漢寿亭候墓道」

と記されております。

漢の前将軍である漢寿亭候(関羽)の墓への道

という意味です。

関羽が愛用してた赤兎馬。

 

関羽が使用していた、偃月刀。もちろんレプリカです。

実際に持ってみたのですがとても重かったです。

 

こちらは拝殿です。

立派な関羽像ですね。眉は吊り上がっており、まさに鬼神(商売の神様です)

 

こちらが正殿です。

正殿の中には関羽と・・・後ろの2人は誰でしょうか。。。

僕の予想では周倉と関平だと思うのですが。

こちらは寝殿です。

各セクションに関羽像がありますね。

 

これが関羽のお墓だ!

 

 

こちらが関羽が「眠る」とされているお墓です。

ここに関羽が眠っているかは本当かどうかはわかりません。

関羽は麦城から退却する際、呉軍により退路を断たれます。

潘璋により生け捕りにされ、その後孫権により斬首されました。

しかし、蜀の反撃を恐れた孫権は、早急に関羽の首を曹操のもとへ送りました。

ということは、少なくとも当陽の地に関羽の首も同体もありません。

首は洛陽にあり、胴体は建業等の呉の領地にあると考えるのが普通です。

ではこの関陵は何を祀っているのでしょうか。。。

僕は夢を壊したくないので、このお墓の中には関羽の骨がある!!

とずっと考えていました。

 

このお墓へは、入り口からまっすぐ行けばたどり着くことができます。

入り口→石碑坊→三元門→馬殿(赤兎馬があるところ)→拝殿→正殿→寝殿→陵墓

という流れです。

 

申し訳ありません。入場料を忘れてしまいました。。。
学制の方は学割を使えるので、学生証は携帯しておいてください!

 

おわりに

 

いかがでしたでしょうか。

関羽関連の観光地は中国にたくさんあります。

今回は荊州付近の関羽に関連した観光スポットを紹介しました。

この2か所はおすすめの観光スポットなので、ぜひ訪れてみてください。

 

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