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『蜀の都を歩く』成都武侯祠(中国四川省)

投稿日:2018年8月16日 更新日:

三国志演技の主人公であり、蜀漢初代皇帝の劉備玄徳が

成都に都を作って早1800年。

そんな成都には三国志にまつわる史跡がたくさんあります。

今回は、劉備や諸葛亮が祀られている成都武侯祠をご紹介します。

 

成都武侯祠って?

 

成都武侯祠とは、四川省成都市武侯区にある、祠堂です。

以前ご紹介した古隆中でも武侯祠のご紹介はしたと思います。

「古隆中にある武侯祠や、その他中国に点在する武侯祠は基本的に

諸葛亮孔明を祀っているところである」

とご紹介したと思います。

しかし、この成都武侯祠は、諸葛亮孔明だけではなく、劉備はもちろん、蜀に従事した武官、文官たち祀られています。

蜀の都成都にある武侯祠だけあって、成都武侯祠は、中国全土にある武侯祠の中でも

格式があり、最も有名な武侯祠だと言われています。

もともと、成都武侯祠も諸葛亮孔明を祀っていましたが、明の時代になると

劉備も同じく祀られるようになりました。

そして、清の時代に現在の状態になりました。

そして1961年全国重点文物保護単位に指定されました。

 

漢昭烈廟

 

漢昭烈皇帝とは劉備玄徳のことを指します。

こちらは武侯祠の入口ですが、漢昭烈廟と書かれていますね。

それほど劉備は愛されており、偉大な人物なのでしょう。

入り口にこのような名前が付けられた理由として、この中に劉備の

お墓(とされているもの)があるからだと思います。

これは完璧自論ですが笑

 

武侯祠の文字が

それでは中へ入って行きましょう。

 

中へ入るとこのような一本道が。この道を進んで行きます。

 

明良千古

 

 

この文字の意味はわかりません。。。

 

蜀の武将たち

 

この門を抜けるとまずあるのは  「前出師表」。

孔明が、北伐に行く際、劉禅に上奏したものです。

「前出師表」、「後出師表」があります。

 

さあお待ちかねの武将だちです。

 

 

1枚目左が「張嶷」(ちょうごく)右が「馬忠」(ばちゅう)

2枚目左が「馮習」(ふうしゅう)右が「張南」(ちょうなん)

1枚目の2人は、劉備死後蜀を支えた武将。

2枚目の2人は、夷陵の戦いで勇敢に戦い散っていた武将です。

 

1枚目は天水の麒麟児「姜維」(きょうい)

2枚目は錦「馬超」(ばちょう)五虎将軍のうちの1人です。

このほかにも、王平、廖化(りょうか)、張翼、孫乾、黄忠などがいます。

 

本命武侯祠へ

 

武将の像ゾーンが終わるとついに成都武侯祠の目玉である武侯祠へ。

こちらの像は、蜀漢初代皇帝劉備玄徳です。

先ほど、武侯祠は孔明を祀っていると述べましたが、さすがは蜀の都成都。

思ったよりふっくらした体形ですね。

でも劉備の特徴ともいえる大きな耳たぶは確認することができました。

 

劉備のほかに、もう一体像がありました。

これは、着物から考察すると劉禅でしょうか。

劉禅は、劉備の息子で2代目蜀漢皇帝です。

または、劉備の孫で、劉禅の息子の劉諶(りゅうしん)かもしれません。

劉諶は、父の劉禅とは違い、城に残り、最後まで魏と戦いました。

その勇敢さが現代にも伝わっており、祀られているかもしれません。。

 

名垂宇宙

 

続いてはこちらの「名垂宇宙」なんとも広大な名前ですね。

この3枚は諸葛一族の像です。

1枚目の写真はおなじみの「諸葛亮孔明」です。

2枚目は孔明の孫にあたる「諸葛尚」

諸葛尚は、263年、鄧艾が剣閣を迂回し、蜀の都成都に侵攻してきた際、父、諸葛瞻

とともに迎撃にあたります。

しかし、先鋒が敗れたため、綿竹立てこもって鄧艾に反撃しました。

しかし、魏の大軍には敵わず、「黄皓を切っていればこんなことにはならなかった!」

と嘆き、父とともに敵軍へ突撃。討ち死にしました。

3枚目は、孔明の息子の「諸葛瞻」

諸葛瞻は小さい時から、頭がよく、気が利いたため諸葛亮の兄、諸葛謹に

「早熟すぎて大して出世はできない子だなあ」

と心配したそうです。

最終的には尚書僕射にまで昇進しました。

しかし、263年蜀漢の戦いで息子とともに戦死してしまいます。

諸葛亮の実子、実の孫が一緒に祀られているのはここだけではないでしょうか。

 

三義廟

 

1662年、桃園結義の故事から劉備、関羽、張飛を記念して廟が建てられました。

もともとは「三義祠」と称されていました。

こちららの建物は、市級文物保護単位に指定されています。

桃園の誓いを描いています。

黄巾の乱後、劉備は安熹県の尉に任命されました。

ある日、郡の督郵(査察官)が劉備が管理する土地へやってきたとき、

劉備は、面会を求めたが、断られたため、郡の督郵を木につるし上げ、鞭で打ち

印綬を捨てて逃走するという話があります。

三国志演義では、「張飛が切れて鞭で打っているのを劉備に止められる」という話になっています。

この絵は張飛が鞭打ちをしています。

劉備が漢中王に即位したときの様子。

そのほかにも、張飛が厳顔の降伏を受け入れるシーン、

関羽が馬良と囲碁をしている最中に矢傷を治す(華佗による切開)シーンの絵があります。

三義廟の中にある、劉備、関羽、張飛の像。

 

梅か桃の木でしょう。3月に訪れたのですがきれいに咲いていました。

桃園の誓いの場所を再現しようとしてるなら粋なことをしていますね笑

 

おわりに

 

今回は、成都武侯祠の前半部分を紹介しました。

成都武侯祠は見物ポイントがたくさんあり、三国志マニアにとっては

たまらない場所です。お許しください。

後半部分はpart2をご覧ください!

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